境界性人妻狂想曲

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フユの主観、思考

"主観がすべて"とは、唯識論、唯心論的発想。

自身が認識した事だけが"現実"であり、認識していないモノは無いのと同じ。
フユはこういった考え方を極端にする子だ。


"人の気持ちは主観でしかないのよ。フユの事をrurupokuがどう思おうと、それはrurupokuの勝手な主観。雑に扱おうとrurupokuは私の事を好きでいる。勝手に好きになれば。それがあなたの主観なのだから、フユが何か言えるものじゃない。嫌ならば何処かへいけばいい。フユは寂しい時にrurupokuを使うだけ。いらなくなったらいらない。それが私の主観なの。それを他人にとやかく言われる筋合いはない。だってそれは私だけのモノなのだから"


そして・・


"男を欲しいと思った時、その主観を私に向けさせればいいのよ。一番簡単な方法は性的魅力をアピールする事。男はそういう生き物だからすぐにハマる"


さらに・・


"フユは既婚者だけれど、旦那が知らなければ旦那からみて"浮気"にはならないのよ。rurupokuに対しては"彼氏"として認識していたけれど、フユはニヤケさんの事を彼氏だとは思っていない。どんなにSEXをしても、好きだとお互いで言い合っても、"彼氏"として認識していないのだからお友達なのよ。それに、ニヤケさんが"ヤリモク"だったとしても別にいいの。相手の気持ちは関係ない。フユがどう思うかが大切なの"


"他人の気持ちは誰にも分からない。私の気持ちだって他人には分からない。無理に想像しようと思えばそれは、"妄想"にしか過ぎないの。rurupokuはニヤケさんの事を"ヤリモク"だって言いきってたけど、妄想じゃん?それって。どうして言いきれるの?全ては接してみなければ、やって結果がでない限りは分からないじゃん・・・当たってそうだけどね・・・でもニヤケさんがそう言った訳ではないし、いいの、私が楽しければ"


"したいならすればいい、したくないならやらなければいい、そうでしょ?rurupokuがフユと居て辛いならばヤメればいいの。簡単な事でしょ?それをせずに居るのだから、それはrurupokuの責任よ"



フユがここまでのセリフを吐いた訳ではないけれど、全てを統合するとこういう事になる。
主観が全てだとは言いきれないが、大部分を占めているのは事実。

確かに真実を知る事が全てではないし、それぞれ個人の主観に基づいて個性がある。
フユはこの思考の仕方で自由に人生を謳歌している様にみえる。
フユの様な生き方もありなんじゃないか?
僕は葛藤した。

神様が存在するのかしないのか。
存在の証明、否定の証明ができなくとも、それぞれの主観において判断を下し、社会はそれを許している。
個人(主観)の自由、個人の尊重。


でも・・だ・・・


フユは自身と他人を尊重している様で全くしていない。
それどころか、両者を見捨てている。
得体のしれない自身と他人に対して"主観"という道具を用いて、自分に都合よく解釈しているだけだ。


私が"浮気"だと思っていなければ"浮気"にならない、"罪悪感"も感じない。
他人が私の事をどう解釈しようとも、それは妄想。
私が他人をどう解釈しようとも、結局妄想なのだから、私が好きに捉えればいい。



フユは今まで生きてきた過程の中で、自身が思い悩まず、楽しく毎日を送る為にこの思考に辿り着き、そのしわよせが過呼吸や様々な症状として、体にでてしまっている様に感じられる。

フユのやりたい事、その衝動を抑えきれず、他人を傷つける事を分かっていても、自身が傷つく事を分かっていても、この思考によって脳内変換し、忘れる。


フユは、"主観"といものが何処からくるのかを理解していない。
"主観"という、誰でも観測できるものじゃない性質上、科学で解明されていないが、よく考える事である当たり前な事実に気づく。

次回の記事は"主観とは何か?"について書こうと思う。


現実的な損得勘定においては天才的だったフユ、その生い立ちの中で、"精神"を置き去りにする事で、どうにか生きてこられたのかもしれない。


フユが僕に求めていた様々な形を持った"甘え"は、置き去りにしてきた"精神"を取り戻す為なのか、見出したかったのか分からないが、"全てを受け入れて"の体制は・・・


神様にしかできないよ。
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# by rurupoku | 2011-12-08 23:29 | 境界性人妻考察
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高機能型境界性人格障害の人妻との交流日誌


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